20171125

 

 

 

言い切れちゃうのがすごい。

自分にはそれだけの価値があると言い切れるだけの自信、そんなものが見当たらないわたしには眩しくてしばしばする。

堂々としている姿勢というのは素敵だ。

 

20171124

 

無我夢中で目の前だけを見ていたら、あっという間に11月の終わりが見えてきた。

 

師走なる12月は先生が駆けるほど忙しく、そして早いということを体感的にも知っている。

あれやこれや、てんやわんやしているうちに2018年が来るというからもう大慌てである。今からその様が目に浮かぶ

 

そうして例年、来年に挨拶をしているうちに今年へのさよならなんて忘れてしまうのだった。

今年もきっとそうだ。

 

20171123

 

勤労感謝の日。勤労に感謝なぞするか、と黒い思いを抱えつつ、勤労感謝の日の意味を検索するなどしました。

元々は、勤労へ感謝する日でも働く人に感謝する日でもないって本当なのでしょうか。新嘗祭が元だという。

だとしたら、そろそろ本来のそれに戻してはどうだろう。私のように、誤解したまま、或いはその意味もよく分からないままに生きていく人が多くなってしまう。

 

 

勤労感謝の日に、シャッフルで流しているウォークマンから「ワークソング」が流れてきて狙ったのかと思いました。人工知能か。

 

20171122

 

 

今日こそは大丈夫だろう、とスタスタ通り過ぎた瞬間鳴る警報。どうもロックの解除で引っかかるようで。

次は引っかからないだろうかと、若干のトラウマになりつつある。

 

20171121

 

雪がちらつくこの寒さ。零下の世界で震えている。

午後9時過ぎの時点で既に車の窓ガラスが凍っていたことからも、朝にかけての冷え込みが如何なものかは計り知れるというもの。

 

布団が正義であり、そこから出るということは即ち正義の淪落を意味する。

意味する、などと格好つけてみたが、今のは意味のない羅列に他ならない。

淪落とはおちぶれることであるらしい。

正義の淪落。

 

20171120

 

夏場より冬の方が、うたた寝る率が上がるのは気のせいでしょうか。

 

やはりこたつか。こたつの魔力は恐ろしく、ついつい体を横たえてしまった者は最後、その温さに意識を失ってしまうという。

この魔力に打ち勝てる者がいようか。いやいない。

 

 

20171119

 

車を洗車機にかけ、外から洗われる様を見ている時。

自分の車のタイヤを交換してもらっている様子が窓から見える時。

 

我が子を見守る親の気持ちが分かったような気になる。

ソワソワしながらついついずっと見守ってしまう。「うちの子大丈夫かしら…」なんて気持ち。

 

今日は洗車機で汚れきった車をピカピカにしたのでずっとニコニコしている。

汚れていると申し訳なさでいっぱいになるほど、ついつい生き物かのように扱ってしまうのである。